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政府・行政の広報機能が弱く見えるのはなぜ? 「知らないと受けられない」制度が生まれる理由

2025年12月24日 しくみを知ろう

「そんな制度があるなんて、知らなかった」

給付金や補助制度、支援策について調べていると、こう感じたことがある方は少なくないのではないでしょうか。実際、行政は数多くの制度や施策を用意しています。しかし、それらが生活者一人ひとりに十分届いているかというと、疑問が残ります。

国民自らが調べ、申請し、条件を理解しなければ受けられない――この構造は、国家として自然な姿なのでしょうか。

この記事では、「政府・行政の広報機能が弱い」と感じられがちな理由を整理しながら、他国との比較や、これからのあるべき姿について考えていきます。

知らない制度は“存在しない”ことと同じ

行政サービスの多くは「申請主義」を前提としています。つまり、対象者であっても、自分から申請しなければ支援を受けることはできません。

この仕組み自体は、行政コストや公平性を保つために合理的な側面もあります。しかし問題は、「その制度の存在を知るまで」が、あまりにも個人任せになっている点です。

注記注記

制度があっても、 ・どこで知れるのか ・自分が対象なのか ・何をすればいいのか が分からなければ、実質的には“使えない制度”になってしまいます。

特に、生活が不安定な状況にある人ほど、情報を探す余裕がありません。その結果、本当に支援を必要としている層ほど制度にたどり着けない、という逆転現象が起きやすくなります。

行政は「何をしているのか」が見えにくい存在

もう一つの理由として、行政の仕事そのものが可視化されにくい点が挙げられます。

行政は日々、制度設計や調整、法令に基づく運用など、社会の土台を支える役割を担っています。しかし、その多くはニュースになりにくく、成果も数字や書類の中に埋もれがちです。

その結果、生活者の視点から見ると「何をしているのかよく分からない存在」になってしまいます。

ヒントヒント

行政の仕事は、「トラブルが起きない=うまく回っている」状態が理想とされるため、目立たないほど成功しているとも言えます。

とはいえ、「見えないこと」と「伝えないこと」は別です。見えにくいからこそ、丁寧な広報や説明が求められます。

国民がキャッチアップする前提は正常なのか

日本では長らく、「知りたい人が調べる」「必要な人が動く」という自己責任型の情報構造が続いてきました。

この前提は、本当に健全と言えるのでしょうか。

デジタル化が進んだ現代では、情報量そのものが非常に多くなっています。自治体サイト、官庁ページ、PDF資料など、意欲のある人でさえ迷ってしまう設計になっているケースも少なくありません。

注意注意

情報があることと、 情報が届いていることは別です。 後者まで設計されていないと、「自己責任論」が強化されてしまいます。

制度を理解し、活用するために一定のリテラシーが求められる状況は、結果として社会的な分断を生みやすくします。

参議院総務委員会での議論――プッシュ型給付という考え方

2024年11月25日の参議院総務委員会では、安野さんによる「プッシュ型給付」に関する質問が行われました。これは、これまでの申請主義を前提とした給付のあり方に対して、根本的な問いを投げかける内容でした。

プッシュ型給付とは、国や自治体が保有する情報をもとに、支援の対象になり得る人へ行政側から“届けに行く”給付の仕組みを指します。本人が制度を調べ、条件を確認し、申請書類を揃えるというプロセスを前提としない点が特徴です。

委員会のやり取りでは、

  • 技術的には可能性があること
  • 一方で、個人情報の取り扱いや制度設計の整理が課題であること

などが示されました。

注記注記

この議論の重要な点は、「やる・やらない」以前に、なぜ申請しないと届かない前提なのかが国会の場で言語化されたことにあります。

プッシュ型給付は、すぐに全面実現できる魔法の仕組みではありません。しかし、 「支援を必要とする人に、どうすれば確実に届くのか」 という問いを、制度の内側から投げ直す動きとして注目すべきものです。

この議論は、行政の広報機能や情報提供のあり方とも深くつながっています。制度を“知らせる努力”だけでなく、制度そのものを「届く前提」で設計できないのか。そうした視点を社会全体で共有するきっかけと言えるでしょう。

他国との比較

例えば北欧諸国では、行政からの情報提供や案内が「個人単位」で届く仕組みが整えられています。

税や福祉、子育て支援などについて、対象者に直接通知が届いたり、ワンストップで確認できるポータルが用意されていたりします。

一方、日本では制度ごとに窓口や情報源が分断されがちです。東京都の「支援ナビ」のような取り組みも始まっていますが、全国的にはまだ過渡期と言えるでしょう。

注記注記

海外の事例は、 「そのまま真似できる正解」ではありません。 ただし、 「行政が情報提供の主体になる」 という姿勢は、大きなヒントになります。

国としての広報機関は、どうあるべきか

政府広報というと、「お知らせ」や「発表」といった一方向のイメージを持たれがちです。しかし、これから求められるのは、生活者の理解を前提にした“翻訳機能”ではないでしょうか。

制度を制度のまま伝えるのではなく、

  • 誰の生活にどう関係するのか
  • どんな場面で役立つのか

を噛み砕いて示す必要があります。

そのためには、デザインや文章、導線設計といったUXの視点も欠かせません。行政広報は、もはや「広報部門だけの仕事」ではなくなりつつあります。

暮らしと政治を、もう一度つなぐために

制度があっても、知られなければ意味がありません。

そして、知るための負担が個人に偏りすぎている社会は、どこか息苦しさを感じさせます。

政府・行政の広報機能が弱く見える背景には、歴史的な制度設計や文化、責任の分散など、さまざまな要因があります。しかし同時に、改善の余地も確かに存在しています。

この記事が、 「政治は遠いもの」から 「暮らしとつながるもの」へと 考え直すきっかけとなり、暮らしと政治を“つなげて考える”一歩になれば幸いです。

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