「社会人として、締め切りを守るのは当たり前」
──誰もがそう思うでしょう。
ところが、政治の世界ではその“当たり前”が通用しない現場がいまも残っています。それが「国会における質問通告」の遅れです。
高市総理が「午前3時から勉強会を始めた」と発言し話題になりましたが、その背景には、国会運営という“時間の歪み”が存在します。
質問通告とは何か?
国会では、議員が政府に質問を行う前に、その内容を事前に知らせる決まりがあります。これが「質問通告」と呼ばれるものです。
本来は「通告から2日前までに提出する」というルールです。ところが、実際にはそのルールが守られていないケースが多く、ある調査によると85%の職員が“守られていない”と回答しています。
質問通告の遅れは、官僚や職員の徹夜作業を生む最大の原因のひとつです。
遅く届いた質問に合わせて答弁書を作り直し、大臣への説明(“大臣レク”)が早朝に行われることも珍しくありません。
現場からの悲鳴:「議員の質問提出を早めてほしい」
実際、防衛省の30代職員はこう語っています。
「超過勤務手当が全額支払われるのは有難いが、本省の超過勤務手当は国会待機が多くをしめていると感じている。議員の方が決まった日時までに質問を提出して欲しい。直前だとそこからスタートし、早朝大臣レク等で超過勤務になる。そういった悪循環が無くなってほしい。」
(出典:株式会社ワーク・ライフバランス「中央省庁の働き方に関するアンケート調査結果」2021年4月22日)
お金は出ても、時間は返ってきません。このコメントが示すのは、「制度疲労」としての国会運営です。
質問が遅れる → 省庁が夜通し対応 → 翌朝には本番。
この悪循環が、いまも当たり前のように繰り返されています。
「野党が遅い」だけでは説明できない
一部では「立憲民主党や共産党が通告を遅らせている」と報じられました。
確かに傾向としてそうしたケースもありますが、それは“政党の怠慢”というより、国会という制度全体の構造的問題です。
質問通告が遅れる背景には、
- 与党からの法案資料が直前まで届かない
- 官僚側の確認プロセスが複雑
- 「答弁ミス=失点」という文化が根強い
といった事情が重なっています。誰か一人の責任ではなく、「仕組みが時間を奪っている」のです。
SNS上では「野党のせいだ」「官僚がだらしない」といった単純な構図で語られがちですが、それでは本質を見誤ります。問題は“文化と運用”の両面にあります。
民間企業とのギャップ:ルールを決める人が最も古いルールで働く
興味深いのは、この国会の現状が「民間企業での常識」といかに乖離しているかという点です。
民間では、
- 納期を守る
- 会議を短縮する
- FAXを廃止しデジタル移行を進める
などの改革が進んでいます。
一方、政治・行政の世界では、
- 通告期限が曖昧
- 紙資料やFAX文化が根強い
- 深夜の対面レクが常態化
──まるで「時間が止まった職場」のようです。
「民間には改革を求めながら、自分たちは変われていない」それが、いまの政治の最大の自己矛盾かもしれません。
他国ではどうしている?
日本の国会が“答弁書文化”や“FAX文化”を引きずる一方で、海外ではどうなのでしょうか。
欧州では、議会質問をオンラインシステムで登録できる仕組みが導入されている国もあり、
質問内容を早い段階から共有して省庁が同時に準備できる体制を整えていると指摘されています。
たとえば欧州議会では、議員が「書面質問(written question)」を電子的に提出し、それに対して欧州委員会がオンラインで回答を公開しています。
(出典:European Parliament公式サイト)
アメリカでは、日本のような「答弁書」という文化自体があまり見られず、議員と閣僚が“生の議論”を行う形式が主流とされています。
このため、準備に多くの時間を費やす必要がなく、議会はより「討論の場」として機能しているといわれます。
ただし、こうした国際比較は制度設計や議会文化の違いが大きく、「日本だけが特異に遅れている」と断定できる統計データは現時点では限定的です。
本稿では、こうした制度的な方向性や運用の傾向が指摘されているものとして紹介します。
一方で、日本政府でも行政のデジタル化は少しずつ進んでいます。
デジタル庁は、「答弁書作成プロセスの効率化」や「テレワーク・書面レス推進」などの取り組みを示しており、行政現場の負担軽減に向けた制度的な動きが見られます。
(出典:デジタル庁 行政事業レビュー)
デジタル化は進むのか?
実は、ここ数年で少しずつ変化も見え始めています。
2022年には「議員レクをオンラインで行っている」と答えた職員が17%から67%に急増。
「FAXからメールに移行」した省庁も14%から69%にまで伸びました。tとくに環境省や防衛省、法務省はデジタル化の先進例とされています。
一方で、外務省や内閣府などは依然として「対面重視」。
セキュリティや外交上の事情もありますが、“会わないと信用できない”という文化が根強く残っています。
「働き方改革」は政治の世界にも必要
調査によると、中央省庁職員のうち「テレワークを全くしていない」が4割、「禁止されている」が35%にも上ります。
働き方改革が叫ばれるなかで、政治・行政がその流れに取り残されているのは明らかです。
政治の現場を変えるには、「意識」ではなく「仕組み」を変えること。
それが、真の改革への第一歩です。
おわりに:「批判」ではなく「改善」のために
「締め切りを守るのは当たり前」──それは民間でも政治でも変わらないはずです。
けれど、政治の世界では“当たり前”を実現するための環境が整っていません。
質問通告の遅れ、FAX文化、徹夜作業……。
これらはすべて、「古いルールのまま運用を続けていること」の結果です。
だからこそ、今問うべきなのはこうです。
なぜ、国を動かす仕組みだけが、時代に取り残されているのか?
私たちが日々感じる「非効率さ」や「理不尽さ」は、政治の現場にも同じように存在しています。
それを他人事ではなく、「自分たちの仕組み」として見直していくこと。
それが、“政治を自分ごとにする”一歩かもしれません。