2025年、まだ紙が主役の窓口で
市役所を訪れたとき、分厚い紙ファイルをめくりながら担当者が情報を探している——そんな光景に出会うことがあります。
企業ではDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が当たり前になり、クラウド管理や自動化ツールの導入が急速に広がっています。それなのに、行政では“紙のまま”が残り続ける。
このギャップには、単なる「やる気の問題」ではなく、構造的な理由が重なっています。
行政がDXを進められない背景には、技術より“制度”や“責任”が深く関係しています。
この記事では、暮らしの目線でその理由を一つひとつ紐解きながら、行政の“変わりにくさ”について考えてみます。
行政は「失敗できない」構造になっている
行政の業務には、住民票や戸籍、福祉給付、税金など、生活の根っこに関わるものが多くあります。そのため一度のミスが社会全体に影響するという特性があります。
この「失敗できない」環境は、デジタル化に強いブレーキをかけます。
- 新しいシステムで不具合が起きれば、全住民に影響が及ぶ
- 情報漏えいが起きれば行政への信頼が大きく揺らぐ
- 国会やメディアから厳しい追及を受けるリスクがある
行政にとって「挑戦よりも、確実な現状維持」が合理的に見えてしまう構造があります。
その結果、「紙は遅いけれど安全」という考えが根強く残るのです。
アナログ前提で作られた“制度”が壁になる
行政の多くの仕組みは、紙の申請書が当たり前だった時代に整備されました。
例えば…
- 「押印」「対面での本人確認」が前提
- 原本確認が必要で、写しでは認められない
- システム変更には法改正や条例改正が必要
制度の土台そのものが紙ベースで作られているため、DX化には“法律のアップデート”が同時に必要になることが多いのです。
企業のDXは社内判断で進められますが、行政は「法律」「国の方針」「自治体の議会」など複数の階層を通過しないと動きません。
制度が複雑であるほど、デジタル化に必要な調整コストが増えてしまいます。
現場の人手不足とスキルギャップ
地方自治体では、慢性的な人手不足が続いています。
- 新しいシステムを導入する余裕がない
- ITに詳しい職員の割合が少ない
- 古い手続きが積み重なり、改善する時間がとれない
DXの研修を受けたくても、窓口対応が忙しくて時間が取れない——これもよく起きる現実です。
「まずは目の前の仕事を回すこと」が優先されるため、将来の効率化に投資しにくい構造になっています。
住民の声が「もっと便利に」へ届きにくい
国民にとっては、
- スマホで完結してほしい
- 書類の提出を減らしてほしい
- もっと分かりやすくしてほしい
と感じる場面は多くあります。
しかし、行政には以下のような事情があります。
- 住民の要望が多様すぎて優先付けが難しい
- 改善したくても予算がつかない
- 議会で承認されないと進められない
- 苦情対応に追われ、DXに回すリソースがない
行政サービスは「全員に届く必要がある」ため、特定の層だけが便利になる形では導入が難しい側面があります。
その結果、国民の「もっと便利に」と行政の「確実に・公平に」は、時にすれ違ってしまいます。
行政と国民の感覚のズレ
国民の多くが「スマホでできるのが当たり前」と考える一方で、行政は次のように感じています。
- 高齢者を置き去りにしてはいけない
- 誤操作によるトラブルを避けたい
- デジタルで困った人を支援する仕組みが先に必要
つまり、「便利にしたい」という思いは行政側にもありますが、誰も取り残さないための慎重さが“遅さ”の原因になることもあるのです。
行政の“慎重さ”は、時に不便さを生む一方で、「公平性を守る」役割も担っています。
では、どうすれば行政DXは進むのか?
行政DXを止めているのは、「やる気がない」ではなく、制度・構造・責任の重さが絡み合った結果です。
そのうえで、少しずつ前へ進めるためのヒントも見えてきています。
① 法制度をデジタル前提で見直す
押印や原本主義など、紙前提のルールを根本から更新すること。
② 現場の業務量を減らす
窓口の分業化や業務整理を進めることで、新しい仕組みを検討する時間を確保。
③ 人材育成と採用の強化
ITに詳しい職員を増やすことで、自治体自身がDXの主導権を持つ。
④ 小さな改善から積み重ねる
一度にすべてを変えるのではなく、できる範囲で始める。
行政DXは「大規模改革」よりも、小さな便利の積み重ねで前に進みやすい特徴があります。
DXは“行政のため”ではなく“暮らしのため”
行政DXとは、行政を効率化するためだけのものではありません。本来は、私たちの暮らしをもっと安心で、もっと便利にするためのものです。
ただ、その実現には時間がかかることも事実。
行政と暮らしの感覚のズレを知ることは、焦る気持ちやモヤモヤを少し和らげてくれます。
政治や行政の「変わりにくさ」を理解することは、私たちがどう関わるかを考える第一歩になります。
これからも、暮らしの視点で、制度やしくみの背景をいっしょに見ていきましょう。