「誰のため」の制度なのかを考える

はじめに

最低賃金は「働く人を守る制度」と言われます。けれども、ただ“守る”だけで本当に社会は豊かになるのでしょうか？

この最終回では、最低賃金が持つ二つの側面――生活を支える力と、企業を圧迫する負担――を見つめながら、「誰のための制度なのか？」を考えていきます。

中小企業の現場から見える現実

最低賃金が上がると、働く人にとってはうれしいニュースです。しかし、その一方で中小企業や個人経営の店舗では「支払いが増えて経営が苦しい」という声も上がります。

特に、人件費の割合が高い飲食・小売・介護などの業界では、1円の引き上げが月数万円の負担増につながることも珍しくありません。

「お客さんに転嫁すればいい」と簡単に言えないのが現実。価格を上げれば客足が減り、売上が落ちる可能性もある。最低賃金の議論は、こうした現場のバランスの上に成り立っているのです。

「守る制度」から「育てる制度」へ

最低賃金の目的は、単に下限を決めることではありません。働く人が安心して暮らせるようにしながら、社会全体の生産性を上げる――そのバランスを取る制度です。

つまり、「守る」だけではなく、「育てる」仕組みへと進化させる必要があります。

この視点に立つと、賃上げは“企業努力を促す合図”でもあります。人材を育て、生産性を高める取り組みこそが、長期的に見て社会全体を支える力になります。

支援策と現場の知恵

実は、最低賃金の引き上げに合わせて使える助成金や補助制度も整備されています。代表的なのが「業務改善助成金」。賃上げを実施した企業に対し、機械導入や業務効率化の費用を一部補助する仕組みです。

とはいえ、制度を知らない中小企業も少なくありません。申請の手間や情報不足から活用率が低いのが現状です。ここに、「知ること」から始まる支援の壁があります。

「誰のための制度」なのか

最低賃金は、「働く人のため」「企業のため」どちらか一方の制度ではありません。社会の中で“働く”という関係を結ぶすべての人のためにあります。

企業が人を雇い、働く人が生活を営み、地域にお金が回る。その循環を支えるための社会契約のような仕組み――それが最低賃金です。

給料の話は、誰か“他人の話”ではなく、社会全体の話。

変わりゆく時代と新しい課題

AIの導入、副業やリモートワークの広がり。働き方が多様化するなかで、「時間あたりの賃金」という考え方だけでは測れない働き方も増えています。

フリーランスやギグワーカーのように、雇用契約の枠外で働く人たちをどう守るのか――最低賃金制度もまた、時代に合わせたアップデートが求められています。

「社会の温度」を映す鏡

最低賃金の金額は、経済の数字であると同時に、社会がどれだけ人を大切にしているかを映す温度計でもあります。

働く人の暮らしを守りながら、企業が持続できる社会。そこにこそ、本当の意味での「豊かさ」があるのではないでしょうか。

まとめ

• 最低賃金は「守る」と「育てる」の両方の役割を持つ。
• 賃上げは目的ではなく、社会をより良くする手段。
• 制度を“知る”ことが、変化を生み出す最初の一歩。

おわりに

最低賃金という言葉は、数字の話に聞こえるかもしれません。でもその数字の裏には、暮らし・企業・社会の信頼関係が詰まっています。

誰かが決めたルールを“与えられる側”ではなく、“共に作る側”として関わる。その意識こそが、政治を“となりの話”に近づける第一歩です。